[4.5] 欺きゲーム[頭クシャゲーム]


作品のフル・クレジットはオリジナル・スクリプトをご覧ください

第1幕


第1場—カフェ・ナヴォーサ


フレイジャーとナイルズはカウンターでコーヒーの出てくるのを待っている。
フレイジャー:で、僕もメディアにいる仲間と知り合う時期だと決めたんだ。
ナイルズ:でもさ、総会? 今まで全然興味なかったじゃない。
フレイジャー:アスペンで開かれたことなかったからね!
ナイルズ:考えてもごらんよ。何百人ものラジオ精神分析医が一堂に会するんだろ。うまいタイミングで一回なだれが起きたら、精神分析医って職業の尊厳が取り戻されるよね。
フレイジャー:[笑いながら]うまいこと言うねぇ。お前のツッコミはいつも外さないね。
ナイルズ:兄さんをバカにしたら褒められた。何か頼みごとでもする魂胆?
フレイジャー:まいった、洞察力あるな。
ナイルズ:やめてよ。
フレイジャー:わかった。聞いてくれ、ナイルズ—僕のいない間、番組の代役を務めて欲しいんだ。
ナイルズ:僕が兄さんの代役? 悪いけど、兄さん。兄さんのぶかぶかの赤い靴は大きすぎて僕には合わないよ。
フレイジャー:お願い。お願い、ナイルズ。見ろよ、頼んでるんだ。局側ではヘレン・グローガンをあてたがってるんだ、自然派おばさんで通ってる。ガーデニングの番組をやってるんだが、十分に熟成した堆肥がどうのこうの、一週間もやられたら、僕の聴取者層が弱体化しちゃうんじゃないか心配なんだよ。
ナイルズ:まだしてなかったんだ!
フレイジャー:うまいうまい。じゃあ借りを思い出してもらうしかないか。
ナイルズ:[心配そうに]何の借り?
フレイジャー:あれ、わかってると思うけど。
ナイルズ:ないと思うよ。
フレイジャー:あるんじゃないかな。
ナイルズ:あり得ないね!
フレイジャー:あるんだ。
ナイルズ:3年も前のことじゃないか。
フレイジャー:期限条項があったのは思い出せないな。はっきりと覚えているのは、マリスの姉さんと同行してくれたら一生恩に着るってお前が言ったことだよ。
ナイルズ:でも兄さんはブリーと一晩出かけただけじゃないか。兄さんの頼みで僕が耐えなくちゃいけないこととは比べものにならないよ。
フレイジャー:え、そう? ちゃんと思い出してみようか? オペラの真っ最中にだよ、アーミン毛皮のマフが震えだした。そのマフは実はブリーが可愛がってるとんでもないわがままチワワをこっそり持ち込むためのものだったんだ。その晩の最悪の時間になったと思ったのと同時に、ザラザラした舌が僕の耳たぶをなめたのさ。ああ、作曲家エルヴェにはふさわしくなかった。僕が金切り声をあげたのとゴンドロフォの殺人シーンとが同時だったのは幸運だったよ! ロズが月曜2時に来てほしいってさ。
ナイルズ:言っとくけど、ブリーはすごく大変な生育歴を生き延びてきたんだ。1個しか鼻の穴がない人生は楽じゃないよ。
フレイジャー:あの晩、彼女は風邪をひいてたって僕言ったっけ?
ナイルズ:月曜の2時だね。
[原注:この回はもともとフレイジャーを主役として書かれていたが、ケルシー・グラマーの急病のためナイルズを主役とした。]
溶暗

異星の客

第2場—KACL


ナイルズが電話の掛け手の話を聞きながらブースに座っている。掛け手がだらだらと喋り続けるのでナイルズは極めて退屈した表情でいる。ロズはニヤニヤしながら座っている。]
リンダ:[声のみ]それで意思の疎通が全くできなくなっちゃって。彼ったら私の言うことを聞こうともしないんです。
ナイルズ:[うんざりして]リンダ—。
リンダ:どんなにイラつくかわかります—聞いてもらえないってことが?
ナイルズ:[うんざり]リンダ—。
リンダ:頭おかしくなりそうになって。先生、彼と直接話していただけないか期待してるんです。
ナイルズ:ちょっと失礼。[咳払い用ボタンを押す(マイクのスイッチを切る)]電話の事前選抜の君の素晴らしい腕前に感謝だよ、ロズ。どうやって終わったらいいの?
ロズ:他に電話を待ってる人たちがいるって言うのは考えた?
ナイルズ:リンダ、もう少し詳しくお話をお聞きしたいところですが、残念ながら時間切れです。プロデューサーのロズが、たくさんの方をやきもきさせながら電話がつながるのをお待たせしているので。
ロズ:ドクター・クレイン、今のところ全回線空いてます!
リンダ:じゃあ、彼と話していただいていいですね? よかった。すぐ彼を連れてきます。じゃお願いします!
ナイルズ:わかりました。マーリー—あなたの問題の対処の仕方はとても自己破壊的です。食事を拒否してもなんの解決にもなりません。聞こえますか?
電話の向こうで一瞬の沈黙、そして猫の鳴き声がニャー。ナイルズはバカバカしさに目をぐるりと回す。
リンダ:何てことでしょ、効いたわ。彼、食べてます! ドクター・クレイン、彼に何ておっしゃったんですか?
ナイルズ:お伝えしたいのは山々なんですが、医師猫間の守秘義務に抵触しますので![ロズが番組がそろそろ終わりと合図]さて、シアトルの皆さん、そろそろお時間です。ドクター・ナイルズ・クレインでした。一殺あと四回。また明日!
[インターホンでロズと話す]ちょっとサボったのは面白くなかったな。
ロズ:面白くなかったんならどうしてコーヒーが私の鼻の穴から吹き出しちゃったのかしら?
ブルドッグがいつもの鳴り物台車を押してブースに入ってくる。
ブルドッグ:ヘイ、ドリトル先生よぉ。聞いてたぜ。悪くねぇ!
ナイルズ:そりゃどうも。「後で日記に書いておこう…」。
ブルドッグ:どんな気持ち?
ナイルズ:自分の持ち場の街灯から歩き去って、ガーターベルトに挟んでおいたお札の枚数を数えているみたいな気持ち。
ブルドッグ:そうかい。[ホイッスルを鳴らす]二人とも出て行きな。俺の番組の準備するからな。今日は番組にレジー・マクルモアを呼んでるんだ。なぜかなんて聞くなよ。
ナイルズ:誰かを聞く気もなかったね。
ロズ:ソニックスのガードよ。
ブルドッグ:前はあいつを止められる奴なんていなかったのさ。—一試合20点なんて簡単。でも今はドツボなんだ。俺の番組に足りないもの—負け犬さ。
レジーがブースの窓の前を通り過ぎる。
ブルドッグ:ほら見ろよ—あいつがきたぞ。年俸泥棒の役立たずが…[レジーが扉から入ってくる]ヘイ、レジー、やったぜ!
レジー:入場券が必要なとき以外は連絡して来ねえよな、お前は。どうだ?
ブルドッグとレジーは何かの儀礼を交わす。互いの頭を掴んで叫びながら頭同士を突き合わせる。当然ながらナイルズは困惑して眺めている。
ブルドッグ:こいつ好きだよ。[レジーをロズに紹介]レジー・マクルモア、ロズ・ドイル。
ロズ:こんにちは、あなたの大ファンよ。
レジー:ありがと。
ブルドッグ:[ナイルズに気づいて]お前を先生にも紹介したいけど、先生ときたらスポーツはさっぱりなんだよ。
ナイルズ:お言葉を返すようだけど—高校のときは熱心なスポーツマンだったんだ。足の腱鞘炎でクロケット部を辞めざるを得なくなるまではね。
ブルドッグ、ロズ、レジーはただナイルズを見つめている。
ナイルズ:ハズしちゃったみたいだから帰ろっと。
レジー:ちょっと待ってくれ。しなび頭[訳注:精神分析医]先生だろ。ここに来ながら車で聞いてたぜ。
ナイルズ:ドクター・ナイルズ・クレインです。初めまして。
レジー:なあ先生、待ってくれ。先生は自分の言ってることを自分で本当にわかってる奴みたいだったぜ。俺、今ちょっと悩みがあってさ、助けてくんねえかな?
ナイルズ:どんなこと?
レジー:あのな、ここんとこ2週間、両手がピル[訳注:錠剤。ここではバスケットのボール]に触ると必ず息が詰まっちゃうんだ。
ナイルズ:うーんと、スプーンですりつぶしてみた?
レジー:[無表情で凝視]あんまりバスケットは見てなさそうだな? 試合のことなんだよ、先生。俺のせいでチームが続けて6試合負けちゃったんだ。
ナイルズ:なるほど。まあ、僕はスポーツ心理学に詳しいわけじゃないけど、面接の予約を入れてもいいよ。
レジー:違う違う。すぐに効くのが必要なんだ。今夜フェニックスと試合があるんだよ。
ナイルズ:極めて異例なことだけど、差し迫ってるみたいだからちょっとしたエクササイズを教えてあげる。
レジー:やあすごい。ありがと、先生。言ってくれればどの試合の入場券でもやるよ。
ナイルズ:ユーモアのセンスは正常、と。座って。
二人はブースの外に腰掛ける。
ナイルズ:前向きな想像から始めよう。目を閉じて。深呼吸。[レジーは言われたとおりにする]結構。じゃあ君が実際にやっていること、何でもいいです、それをコートでやっているところを想像して。何が見えますか?
レジー:わかった。ケンプがボールを俺にパスしてる。俺がコートで取った。俺はドリブルしてる[訳注:「よだれをたらしてる」意も]
ナイルズ:[支えるように彼を軽く叩く]自分の外見は気にしないで。[レジーは怪訝な顔でナイルズを見る]もう一度初めから。僕は口をつぐみます。
場面はブースに戻る。ロズは起こっていることを見ている。ブルドッグは忙しく番組の準備。
ロズ:ちょっといい?
ブルドッグ:おう、やめとけ。ヤツは結婚してる!
ロズ:何言ってんのよ! ずいぶんじゃない。何で私がそんなこと考えてると思うのよ?
ブルドッグ:わかったよ、じゃあ何?
ロズ:えーっと、何だっけ。ただちょっと…
ブルドッグ:[面と向かってまともにラッパを吹いて]時間切れ。ところでさ、イケてるスポーツマンにそんなに飢えてるんなら、俺とつきあうってのはどう?
ロズ:[ブルドッグの頭上に手をかざして]少なくともこれくらい大きくなってからじゃないとこの乗り物には乗っちゃダメ。
ブースの外に戻り、ナイルズはレジーのメンタル・コーチを続けている。
ナイルズ:この次のエクササイズは後ろ向きの感覚を妨げるためのものなんだ。僕自身も試したことがある。ほんの少しの時間しかかからない。子供時代から何か安心するものを考えてみて:ぬいぐるみとか、ページの端を追ったエリオットの『ミドルマーチ』の本とか。[またレジーは困惑してナイルズを見る]他の思い出でもいいの!
ブルドッグがブースから出てくる。
ブルドッグ:よぉ、レジー。急げ!
レジー:行かなきゃ。先生、ありがとな—やってみるよ。
レジーは手を伸ばしてグー・タッチしようとする。ナイルズも不器用にやろうとする。
ナイルズ:あ、ちょっと待って。見たことある。何段階かあるんだよね!
レジー:[単にナイルズの髪をクシャクシャにする方を選ぶ]また後でな、先生。
溶暗/場面転換

第3場—フレイジャーのアパート


ダフネとマーティンが居間に座っている。マーティンはテレビでバスケットボールの試合を見ている。
ダフネ:ねえクレインさん、この記事によると…
マーティン:ちょっと、黙って![ダフネはムッとして見るが、マーティンはテレビに向かって抗議している]3秒だ。どうした。あいつはど真ん中に居座ってるぞ。だめだ、ボールを戻しちゃ—奴らは3点狙って投げてくるぞ。やれ—俺の言ったとおりに![やけになって]わぁぁ! あっ、作戦タイムだ—よし、これで俺の言うことを聞けるな。[ダフネに向かって]信じられるか? 2分前には6点リードしてたのに、今じゃ…
ダフネ:静かに—私の好きなコマーシャルなんです! ダメ、その床洗剤選んじゃ。床がベトベトになっちゃうのよ! ダメ、それやっちゃ。ダメだってば! ダァー!!
マーティン:全く違うがな。
玄関のベルが鳴ってダフネが応えに行く。
ダフネ:ドクター・クレインですよ。スポーツに取り憑かれてない人が一人いてくれるとうれしいですね。
ダフネが扉を開けるとナイルズがいる。
ナイルズ:やあ、ダフネ。[テレビがついているのに気づく]やった、ソニックスが出てる! ちょっとどいて。
ナイルズはソファに飛んで行って試合を見る。
ナイルズ:でね、父さん…
マーティン:黙ってろ、ナイルズ—あと9秒しかないんだ。
ナイルズ:スコアは?
マーティン:お前にゃ興味なかろう?[テレビに向かって叫びに戻る]マクルモアにつなげ。マクルモアに—ヤツは好調なんだ。よし。来い、レジー…信じられん! ソニックスが勝った![喜んで手を叩く]
ナイルズ:ああ、素晴らしい、父さん。ねえ、知ってる…?
マーティン:シーッ、ナイルズ。リプレイを見たいんだ。マクルモアにつなげ。信じられん![喜んで手を叩く]
ナイルズ:ねえったら、父さん、興味あるかもしれないから言うけど…
マーティン:静かに、ナイルズ—インタビューを見たいんだ。
スポーツキャスターがテレビでレジーにインタビューしている。
スポーツキャスター:レジー—ちょっとだけよろしいですか? 今夜は素晴らしい試合でしたね。スランプが終わったみたいですね。
レジー:やあ、今夜はホントにぶっとんだ感じだよ。
スポーツキャスター:復活の理由は?
レジー:うん、頭から離れないちょっとした問題があったんだけどな、ラジオのしなび頭がホントに俺を助けてくれたんだ。ドクター・ナイルズ・クレイン…[カメラに向かって親指アップの合図。]
スポーツキャスター:ユタとの試合も頑張って下さい。
レジー:ありがとう。
スポーツキャスター:階上にお返しします。
この時点までマーティンは疑うようにナイルズを見ているが、ナイルズはニヤニヤしながらただ座っている。
マーティン:お前か?
ナイルズ:[笑って]そんなに信じがたい?
マーティン:信じがたいとも!
ダフネ:いつ彼と話したんですか?
ナイルズ:今日ブルドッグの番組に来てたんだ。それで廊下で短い面接をしてね—2分もかからなかったね。
マーティン:たった2分でレジーの試合を好転させたのか?
ナイルズ:そんなに驚かなくてもいいんじゃない。僕は腕のいい精神分析医なんだ。16年間現場で働いてきて天性の才能が鍛えられたんだね。
マーティン:認めにゃなるまい—びっくりしたよ。
ダフネ:私もです。ドクター・クレインと長椅子で1、2時間過ごしたくなってきました。
マーティン:冗談だろ? ナイルズとだったら、2分しかかからないらしいぜ!
ダフネはにっこりしてキッチンに去る。ナイルズはニヤニヤしているマーティンを見ながらシェリーを飲む。
ナイルズ:ありがたいよ、父さん!
溶暗/場面転換

大騒ぎ

第4場-KACL


ナイルズはブースに向かう廊下を歩いている。
従業員1:よう、ドクター—やったな! 行けソニックス!
従業員2:大した奴だぜ!
ナイルズ:ありがとう。えーっと…みんなも。
別のブースの中から、誰かがナイルズに親指アップをしてみせる。ナイルズはお礼を返して自分の親指に気づく。
ナイルズ:しまった。爪のお手入れセットが要るな。
ナイルズがスタジオに入ると、ブースにいたロズが当日の新聞を持っている。
ロズ:来たわね—シアトル一番の人気者。今朝の新聞のスポーツ面を飾ったのは知ってるわよね?
ナイルズ:うん、聞いたよ。でもちょっと戸惑ってるのは確かなんだ。みんなそんなにバスケットボールの試合に関心があるのかな?
ロズ:何言ってんのよ? ここはシアトルよ。一年のうち9か月は雨なんだから。屋内スポーツをすごく本気で受け止めるわよ。
ナイルズ:ま、君が屋内スポーツを真剣にやってるのは知ってるけどね!
ロズ:[無理やりにっこり]今日はあなたは英雄だから勘弁しといてやるわ。
扉がバタンと開いてブルドッグがスタジオに飛び込んでくる。
ブルドッグ:かわい子ちゃん、唇をすぼめな—べっちょりやってやるぜ![ナイルズの頭を掴んで額にキス。]
ナイルズ:[驚く]今夜お肌のピーリングしなきゃ。
ブルドッグ:[狂喜して]ソニックスで200ドル儲かったぜ!
ナイルズ:賭博は違法では?
ブルドッグ:[ロズに向かって]こいつホントに可愛いよな?
ロズ:全くね。
ブルドッグはもう一度ナイルズにキスしようとするが、ナイルズは逃げる。
ブルドッグ:ま、いいさ。女にはそんな感じじゃないんだろ。ソニックスのチアリーダーの一人が俺の番組に来るんだがおめえにマジで会いたがってるからさ。
ロズ:信じられないかもしれないけど、ブルドッグ、男がみんなポンポンフリフリのハーフタイムハーフ脳みそ女にイカれると思ったら大間違いよ。
ナイルズ:チアリーダーのキャプテン?
ブルドッグ:ああ。それにチアリーダーのコスチュームで来るぜ。
ロズ:そりゃそうよね、って、これラジオよ![ブルドッグをブースから押し出してからナイルズに向き直って紙の束を渡す]見てこのあなたに来たファックス。
ナイルズ:ファックス?[読み上げて]「シアトルは感謝しています」。「あんたはソニックスのMVPだよ」。[ロズに向かって言問顏で]
ロズ:最大功労者。
ナイルズ:なるほど!「あんた天才」。Jの綴り[訳注:geniusがjeniusになっていたらしい]はあまり一般的じゃないけどとにかく、言いたいことはよくわかった。
ロズ:気分いいでしょ?
ナイルズ:中学時代に僕を鞄に押し込めようとしてた同じ類人猿が突如僕を神様みたいに崇め出したってわけだ。光栄だね。
ロズ:あっ、いちばんいいことを忘れるところだった。[ポケットを探って]レジーが今晩の試合の入場券を送ってよこしたわよ。
ナイルズ:そう。僕の新たなファンをがっかりさせちゃいけないな。教えてほしいんだけど、こういう所には今でも白いセーターに洒落たタイをして行くもんなの?
ロズ:ぶちのめされたければね!
ロズは自分のブースに戻る。同時にマーティンがスタジオの扉から入ってくる。
マーティン:よぉ。
ナイルズ:父さん。驚いた。
マーティン:邪魔するつもりじゃなかったんだが大丈夫か?
ナイルズ:全然オッケーだよ。入って。調子はいい?
マーティン:もちろんさ。マクギンティで昼飯をちょっと食ってきただけなんだが、そしたら何人かがお前にすごく会いたがってさ、番組が終わったら一杯引っかけに立ち寄ってくれるかもと思って。いや、どうしてもってわけじゃないんだがそいつらもいい友達なんでね。
ナイルズ:いや実は父さん、レジーが今晩の試合の入場券を送ってよこしたんだ。父さんに行ってもらおうと思ってたんだけど、そういうことなら…
マーティン:[ナイルズの手から入場券をもぎ取って]あんな奴らは地獄へ行っちまえ、俺が待ってるぜ!
ナイルズ:ここまで目立つのは正直ちょっと圧倒されちゃうよ。
マーティン:なーに言ってんだ—お前はそれにふさわしいんだ。英雄なんだ。
ナイルズ:たぶんもう事態を客観的に捉える時機だよ。本物の英雄は2時間激しく戦って試合に勝つ優秀な運動選手なんだ。僕の貢献はせいぜいほんの僅かだよ。
ブルドッグが扉を開けてチアリーダーのキャプテンを引き会わせに来る—ブロンドでナイスバディ、ぴったりとした衣装を着けている。
ブルドッグ:俺の言ったとおりだろ、ドク?
チアリーダー:夕べ試合に勝ったのはどちら?
ナイルズ:[マーティンを押しのけて]僕です!
チアリーダーは近づいてナイルズを「祝福」し、ナイルズは幸せで気が遠くなりそうになる。

第1幕了



第2幕


ああ、ここに躓き[訳注:rub=頭クシャ]がある

第1場—その晩のソニックスの試合


マーティン、ナイルズ、ダフネはコートのラインの傍を最前列の席に向かって歩いている。マーティンは会場の観客に別れを告げているところ。
マーティン:会えて私もうれしかったよ。
ナイルズ:父さん、会う人ごとにいちいち言わないでよ、[大声で]レジーが夕べの勝因って言ってたのは俺だ!なんてさ。
観客:あんたなの?
マーティン:そう、そう。俺の息子のナイルズ・クレイン。
ナイルズ:[コートサイド席に座るが、席の重要性がわかっていない]入場券たくさん売りすぎじゃないの。こんな折りたたみ椅子に座らせてさ。
マーティン:すごいぞ。コートの木の床のすぐ傍だ、ラインから2メートルも離れてない。
ナイルズはマーティンに合わせて笑った後、困惑した面持ちに転じてダフネの方を向く。
ダフネ:オーケストラの最前列で舞台の右側ってことですよ。
ナイルズ:なーる。
マーティン:なあ、わしらはすごく近くにいるから、スクリーンプレイしたら歯がガチガチいうのが聞こえるぞ。
ナイルズはまたにっこりした後、ダフネの方を向いて説明を求める。
ダフネ:プラシド・ドミンゴ[訳注:テノール歌手]の唾が飛んできそうなくらい近いってことですよ。
レジーが ナイルズに駆け寄ってくる。
レジー:よぉ、N. C.。—よく来てくれたな。
ナイルズ:今何て? ああ、「N. C.」か。ナンシーって言ったかと思った。一瞬またプレップ・スクールに戻ったかと思ったよ。[紹介して]紹介するよ、レジー・マクルモア、ダフネ・ムーン、それからこれが…
マーティン:マーティ・クレイン、ナイルズの親父だ。大ファンなんだよ。何があっても君を信頼してるって覚えといてくれ。スランプのときでもな。優勝決定戦でドツボにはまってもな。わしの友だちが全員「レジー・ハクルモア[訳注:インチキマクルモアほどの意味]」って呼んでてもな[笑う]
レジー:何だって?
ナイルズ:そうだ、後ろ向きの考えを妨げるエクササイズをやるちょうどいい機会だ。
レジー:ああ、わかった。試合を楽しんでくれ。また後でな。
ナイルズはレジーとタッチしようと構えるがレジーは行ってしまう。ホーンが鳴って、ナイルズは飛び上がる。
ナイルズ:一体何?!
マーティン:シューター・ラウンドの終わりだよ。コーチがスタメンの5人を送り込んでティップオフだ。
またナイルズはダフネを向く。
ダフネ:舞台監督が出演者の立ち位置を最終指示したところですよ。
ナイルズ:なーる。
場面は切り替わってしばらく後の試合中。ダフネとマーティンがどこにも見当たらないのでナイルズは一人で座っている。周りの観客は席を立ってコートに向かってブーイングしたり叫んだりしている。
ナイルズ:察するにレジーは今夜はいつもの調子が出てないのかな?
観客:ブーイングを聞きゃわかるだろ? ずいぶん立派なカウンセリングだな、先生よ—奴は一晩中ミスショット続きなんだよ!
ナイルズ:ナチョス・アンド・チーズのカップが空みたいだから、あっちの方に行っていいよ[訳注:保留です。ごめんなさい]
観客はもうたくさんと言いたげに去る。レジーがコートから走り出てナイルズに話しかける。
レジー:先生、先生、俺を助けてくれよ。何でうまくいかないかわからないんだ。
ナイルズ:僕の忠告の幾つかを忘れちゃったんじゃないかい。急いでおさらいしよう。後ろ向きの考えを空っぽにしたかい?
レジー:ああ。
ナイルズ:映像化するエクササイズはどう?
レジー:ああ、ああ、全部やったよ。他に何やれって言われたっけ?
ナイルズ:何も。ブルドッグが君を呼んで、君は急いで戻ったんだよね。
レジー:いやいや待ってくれよ。その直前、俺先生の頭をクシャっとしたろ。桃みたいな匂いがしたから、こいつ一体何で頭を洗ってやがるんだって思ったんだ。思い出したよ。
ナイルズ:えーっと、たぶん僕の頭が何か幸運のお守りだって思ってないよね?
レジー:[ナイルズの髪をクシャッとして]これですぐわかるさ。
レジーは手の匂いを嗅ぎながらコートに戻る。ダフネとマーティンが戻ってきててナイルズの隣に座る。
マーティン:なあ、お前がレジーとまた話してるのを見たぞ。何かもっとアドバイスしたんだろ。
ナイルズ:そうしようと思ったんだけど、彼がろくでもない考えを持っちゃって…
マーティン:いやいや、待て。
皆が激しく声援を送っている。
アナウンサー:マクルモア3点シュート。
マーティン:信じられん。お前、奴に何て言ったんだ?
ナイルズ:彼の役に立つかもしれないようなことは何も…
ダフネ:見て、見て。ボールを奪い取ったわ。
観衆はまた熱狂する。
アナウンサー:マクルモア。3点追加。
ダフネ:[ナイルズの膝を叩いて]ああ、ドクター・クレイン、あなたは奇跡の人だわ。彼に何て言ったんです?
ナイルズ:いや、ちょっと頭のてっぺんから出たことをね!
観衆の賞賛と共に溶暗。レジーは明らかに点数を追加している様子。

第2場—フレイジャーのアパート


マーティンは自分の椅子に座っている。ダフネが郵便物を取りに行って玄関の扉から戻ってくる。
ダフネ:あーら、素敵じゃないですか? ドクター・クレインがアスペンからハガキを下さいましたよ。
マーティン:[興味なさげ]そりゃよかった。あいつはどうしてる?
ダフネ:待ってくださいね。[ハガキを読み上げる]「夕べのカンファレンスでスピーチしました。冒頭のセリフが特によかったと思います。『同僚の精神分析医の皆さん、今日スロープで皆さんを見ていたときに気づきました、こんなにたくさんのフロイト学徒が滑っている[訳注:Freudian's slip=フロイト的失言]のは見たことがないと!』」ダフネはダジャレにあきれて上を仰ぐ。マーティンはひたすら無表情に前を見ている。
ダフネ:[読み続ける]「今あなた方が大ウケしている様子から推して、同業者たちの聴衆席の笑いの轟音がどれほどだったか想像してください。では、土曜日にお会いしましょう、フレイジャーより。」さて、私はそろそろ出かけた方がよさそうです。ジョーと映画を見に行くので。[腕時計を見て]あら、いけない—思ったよりも遅くなってる。
マーティン:行ってらっしゃい。
ダフネ:[慌てて出ていきながら]行ってきます。試合を楽しんできて下さいね。
ダフネはが急いでエレベーターに乗り込むと、ナイルズが出てくるのに行き合う。
ダフネ:ドクター・クレイン。試合楽しんで下さいね。
ナイルズ:僕らは行かないつもりなんだ。
ダフネ:あら。それはお気の毒。
ナイルズ:理由を知りたい?
ダフネ:それほどでも。
エレベーターの扉がダフネの面前で閉まる。ナイルズがフレイジャーのアパートの扉の方に頭を巡らせると、マーティンがデュークと電話で話している。
マーティン:[電話に向かって]VIP専用駐車場なんだ。そうそう。コートのすぐ横なんだよ。木の床のすぐ傍の席でさ、ホントなんだ。それでレジーが、シーズンの残りずっとその席を指定席にしてくれるって言うんだ。これがいわゆる「絶好調」ってやつなんだな…知らんよ、テレビのどこかに映ってるさ。ああ、わかった。じゃあそろそろ。またな![ナイルズに向かって]行こうぜ、ナイルズ。
ナイルズ:[落ち着かない様子で]ね、父さん、僕、考えたんだけど、たぶん今日は試合に行かない方がいいと思うんだ。
マーティン:[笑って]俺が考えていたことがわかるか? たぶん試合になんか一度も行っちゃダメ。[また笑う]そりゃ今まで出た中でも一番うまいジョークの一つだな。お前とわしがこんな風に冗談を言い合ったのはいつ以来かなぁ? さて、そろそろ行った方がよかないか、遅れちまうぜ。
ナイルズ:夕べの試合で、レジーが僕の髪をクシャクシャにしたのに気づいた?
マーティン:ああ、ああ。さ、行こう。
ナイルズ:何でなのか、どうやってか、レジーは僕の髪をクシャクシャにすることがうまくプレーするために必要だって思い込んだんだ。
マーティン:へぇ。車の中で話そうか?
ナイルズ:つまり僕が与えた忠告とは何の関係もないんだ。変てこな迷信の類さ、だから今日の試合前にもレジーは僕の頭に触りたがるよ。
マーティン:だが、運動選手はたいがいへんちくりんな迷信を持ってるもんだよ。
ナイルズ:うん、でも僕の方は精神分析医なんだ。僕がうさぎの足のお守りなら、僕がレジーを治療したと他の人たちに考えさせることはできないよ! 受けてしかるべきでないことで手柄を得ようとしてるんだ。
マーティン:じゃあ何で手柄を得りゃいいんだ? 彼を助けることだろ。お前は何をした? 彼を助けただろうが。コート取ってくる。
ナイルズ:でも精神分析医として助けたわけじゃないんだ。
マーティン:は、それが気になるのか? いい精神分析医だとみんなが思うことがか?
ナイルズ:そのとおり!
マーティン:いい精神分析医なのか?
ナイルズ:うん!
マーティン:コート取ってくる。
ナイルズ:父さん、父さん、ごめん。僕らは行かないよ。
マーティン:何だよもう、どうにかして楽しみを台無しにしたいらしいな![上着を床に投げつける]
ナイルズ:父さん…
マーティン:シーズン中有効なコートサイドチケット。VIP専用駐車場。
ナイルズ:父さん…
マーティン:もう知らん。お前にゃお前の理由があるんだろ。[ナイルズの真似をして]「僕は倫理的なんだ。僕は高潔なんだ。僕はアレルギーなんだ」。そういうことだろ。[新聞を掴み取る]もう二度と望みを持つのはやめた。
ナイルズ:父さん、テレビで観戦できるじゃないか。
マーティン:[ナイルズから顔を背けて]テレビでなんて見たくないね!
ナイルズ:ビール持ってきてあげるよ。
マーティン:[ナイルズから顔を背けて]ビールなんて嫌いだ!
ナイルズ:父さん、僕が正しいの、わかってくれてるだろ。
マーティン:じゃあ、わしの目を見て質問に答えろ。これがオペラのコートサイドチケットでも同じようにするか?
ナイルズ:する。僕の倫理は倫理だ。ところで—僕がそんな倫理を身につけたのはどこでだと思う?
マーティン:もうわかったよ。俺に返すつもりだな。ご立派なことで!

第3場—試合


警備員がロッカー室の外に立っている。ナイルズが警備員に近づく。
ナイルズ:マクルモアさんと話したいんだけど。
警備員:おたくは?
ナイルズ:N. C. が来たって伝えてくれ。
警備員:ナンシー?
ナイルズ:違う。[スペルを書きながら]エヌ・シー。[警備員はロッカー室に消える]そんなに難しいか?
レジーが心配そうな顔つきで出てくる。警備員が後ろから来て部屋の反対側に立つ。
レジー:ひでぇな先生、どこ行ってたんだよ? あと5分でコートに出なきゃいけないんだ。[ナイルズの頭に触ろうと近づく]
ナイルズ:[手を上げて]やめ! 僕を手当たり次第撫で回す前に、話し合おう。[警備員が気にして見ている]
レジー:どうした?
ナイルズ:すぐ話すよ。問題全体が手に負えないくらい大きくなってしまった。終わらせたいんだ。
レジー:何言ってんだ? もう来ないつもりか?
ナイルズ:ああ、来ない。会って話はしてもいいけど、触れちゃダメだ。[また警備員が見る]僕らの関係のその部分については終わりだ。[警備員が見つめているのに気づいて]気になる?
警備員:だんだんね![ロッカー室に向かう]
レジー:頼むよ先生。[手を伸ばす]
ナイルズ:ダメだ。聞いてくれ。君は、僕がやってることを中断させて、自分が僕の頭に触るためだけに毎日ここまで来てもらいたいと本当に思ってるの?
レジー:うん。
ナイルズ:よく聞いてくれ。君は才能に恵まれた選手で、素晴らしい技術を持っている。自分の才能をしっかりと自覚するんだ。専念しろ。集中するんだ。神様にもらった自分自身の能力を信頼することが成功の鍵だ。僕の頭とは何の関係もないんだよ!
レジー:[考える]じゃあ髪の毛の方だ。
ナイルズ:[我慢しきれず]やめてくれないか? 強迫観念だよ!
レジー:頼むよ先生—ちょっとだけ触らせてくれよ。
このとき警備員がロッカー室から出てきて、最後の言葉だけ聞いてすぐにくるりと向きを変えて歩き去る。ナイルズは怒った顔。
ナイルズ:ダメだ! 理屈で考えなきゃだめだよ。僕は毎試合来れないし、遠征でもしたら絶対に行けないよ。長い目で見ればこれじゃ解決できないんだ。君に必要なのはまともな治療だ。始めたい? 中に入ろう—手短な面接をしてやるよ。そこから始めるんだ。
レジー:ああ、そのとおりだな、先生。俺に必要なのは長い目で見た解決だ。
ナイルズ:よし。
ナイルズはロッカー室へ向かう。レジーは、つい今しがた出てきたチームメートの一人に向かって
レジー:よぉフランク、ハサミ貸して。[バッグからハサミを取り出す]今行くよ、先生。[ナイルズに続いてロッカー室に入っていく]

第2幕了


エンドロール

ダフネとマーティンはテーブルでトランプをしている。ナイルズは座って新聞を読んでいる。マーティンが身を乗り出してナイルズの髪の毛をクシャクシャにしたので、ナイルズは至って不機嫌。マーティンの手札が勝ち、マーティンは喜んで手を叩いた後、またナイルズに向き直って髪の毛をクシャクシャにする。

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